バルテュス(Balthus)展を見に冬のヴェネツィアへ行く

☆2001年冬、夏のイタリア旅行の余韻が冷めかけたころ それは突然に決まった。親友の ciacotaco 宅でのこと。
同席者のN女史が 読んでいた雑誌をおもむろに差し出し言った。  これ 興味あるんとちゃうのん? 

そこに書かれてある記事を目にした二人は、思わず声をそろえていた。

えっ!ええーっ! バルテュス回顧展 があるう?
作品数 200点!!
ほとんどが 個人所有の作品ヴェネツィアのグラッシ宮 でえ?
こおりゃあ行かねばにゃあ〜!

・・ってな訳で 急きょヴェネツィアへの2人(ネコ一匹とタコ一匹)旅。
出発まで 一ヶ月もない!! さぁ〜急げ〜〜!!

風景
列車でのヴェネツィア本島入り(手前レール)

水上タクシー(又はバス)での本島入り

☆前回は ヴェネツィア本島ではなくメストレ( Mestre)に宿を取ったため、ヴェネツィア本島へは列車で入っていった。
海の上ぎりぎりを、サンタルチア駅まで一直線に走り抜けていく列車での本島入りも 言葉では言い表せないくらいの体験だった。
今回は、運良くヴェネツィア本島内に格安で宿がとれたため、海から入り、海から出て行くことに決める。
(これが大正解なのでした。おすすめします!)


↑実は左下に猫がいます/猫たちの王 (71×48)
(ポストカードより)

 


初期バルテュスの傑作/街路(195×240)
(ポストカードより)

☆親友 ciacotaco ほどのバルテュスファ ンではないにしろ、敬愛する 金子國義氏 の絵と重なる一種の危うさをバルテュスの絵に見た時から、いつか叶うなら 一度は『本物』を見たいと願い続けてきたのは彼女と同じ。

この年の早くにバルテュスの訃報を新聞紙上で知った。
誕生日(2月29日)目前の2月18日、享年92歳の死だったという事実を知り、そんな歳だったとは・・と驚くと同時に、もはや本物を見ることなど叶わぬ夢とあきらめていた2人・・・それが今・・

ニャンとまあ、ここグラッシ宮(Pal.Grassi)の中で、見上げるような大きなバルテュスの『本物』と向かい合っているのだ。
メインホールに足を踏み入れた瞬間に出会う最初の作品の大きいこと!。
いきなり縦横3メートル程の個人蔵の作品の出現だよ。
コメルス・サンタンドレ小路
(294×330)、バルテュスが住んでいたパり6区に実在する小道だという。(左の下の絵/街路も同じ)

自然光の中で自分の作品を見て貰うことを望んだ バルテュスの意図にふさわしく、可能なかぎりライトは消され、外の光の動きにつれて作品の表情がゆっくりと変化していく。

贅沢にも その絵と対峙しているのは自分一人だけ ・・
という時が何度も訪れたほどの恵まれた空間。
これもグラッシ宮で開催された理由のひとつだろうか。
部屋の中にひろがる静かなバルテュスの世界。
窓から見下ろせば賑やかなゴンドラの風景。
白昼夢を見ているよう ・・

吹き抜けの回廊に置かれた休息用のソファーに腰をおろす。
回廊に向けてドアが開け放たれた、真向かいの部屋に掛けられてある絵の 少女の顔 に、冬のやわらかな光があたっているのがぼんやりながらも見えた。あ〜来てよかったにゃあ〜(シミジミ)


ふと見上げると

 


"ようこそ、仮面舞踏会へ”

新しい出会いと なつかしい再会

 

☆一生に一度のチャンスを手にしたあとは何の予定もなく、一週間前は大寒波だったというなごりの雪を踏みしめながら、 
ナターレ前の(Natale/クリスマス)買い物客で賑わっている メルチェリエ通り(Mercerie)で温かいカフェを求めた。

人混みをさけるように駆け込んだあと 気づいたここは キング・バーガー!まっ、いいかにゃ〜(あは!)
この一見大間違いの選択が、すんばらしい体験 をもたらしてくれたんだもんねぇ〜。
毎回、旅先ごとの手作り旅行用ノート を持参している お役立ちネコ でありまするが、
これは 地図を貼りつけ〜の、連絡先や予定を書き込み〜の、切手やカードを入れた小袋を付け〜の・・など。
ちなみにガイドブックはバラして、必要なところだけで新たに作り直すのだよん。
今回は雑誌の切り抜きを表紙に使っていた、Moto GP に参戦中の Valentino Rossi が幸運をはこんでくれた!?

イスに座わった時から、だれかの視線を感じるのだ。Rossi の表紙の手作り旅行用ノートはテーブルの上だ。
しばらくして、突然隣の席のかわいい女の子に話しかけられた。

それ、ヴァレンティーノ・ロッシでしょ?  ちょっとハニカミながら聞いてきた髪の長い女の子(カミーラ7歳)。

それから、つたないイタリア語を喋るネコと、小学校で習い始めた英語を使いたがっているカミーラとの間では
しばしRossi の話題で盛り上がり、この時ばかりは 静かなバルテュスの世界 も遠くの彼方(汗)。
そしてそしてそして、ここから すんばらしい体験 へ のはじまりはじまりぃ〜なのですよ。

 

☆次の日にはこの迷路の町(島)で初めての体験=フツーの家を訪問することになった2匹。
とっておきのスプマンテとサンタの仮装で歓迎してくれた2人。
偶然にもマルコ・ポーロ空港から乗った船は、カミーラの母ベスのおとうさんの会社の船だったなんて 。
この素敵な出会いはサンタからのプレゼントだったのかもしれないにゃ〜。

そういえばグラッシ宮へ向かう朝も、店の飾り付けをしていた60前後の姉妹に突然手伝いを頼まれ、
お礼に素晴らしい手芸の飾り玉をプレゼントされたっけ。
(後日談)この姉妹には帰国後日本の旅行雑誌面ですぐ再会することになる!さらに二年後に実際に再会するのだよ〜。

思えばこの冬のヴェネツィアへの旅は、いつもの旅以上に地元の人たちとのふれあいが暖かかった。

そうだ、ヴェネツィア初訪問の時にこれまた偶然に声をかけてもらい、わずかな時間を共有した神父さまに会いに行こう!



kawaiiサンタカミーラとベス

カミーラ宅訪問の途中で

道に迷ったらこの黄色のプレートを見よう!

よく見ると COOP の文字が

 

☆サン・マルコの対岸にあるサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会(Chiesa di S.Giorgio Maggiore)におられるはず。
ヴァポレット (水上バス)82番でサン・ジョルジョ下船すぐだし・・。
今回も、まず教会の鐘楼に登る。(この鐘楼からの景色は最高のおすすめですにゃん)
ここから見ると、ヴェネツィアという都市が 本当に浮かんでいる のがよくわかるのだ

2年前この教会をはじめて訪れた時、Tomodachi! と声を掛けてきたジュゼッペ(Giuseppe)神父とは、
それ以来時折カードや手紙のやりとりをしていた。その彼が入院しているという。
鐘楼へのエレベーターの中で 若き修道士に書いて貰った病院の名前 FATE BENE FRATELI と、
地図に引かれた一本の線を頼りに迷路の町を歩く。
2年前に、ただ一度わずかな時を分かち合ったその人が 突然の訪問客を受け入れてくれるだろうか。
実のところ自分でもつかみきれない突き動かされるような思いだけで ひたすら病院をめざし歩いていたのだ。

2年ぶりの神父の笑顔は変わらず、療養中にもかかわらずふるえる手で神の加護を祈ってくださり、
彼の知る数少ない日本語 Arigato(アリガト) Tomodachi(トモダチ)を繰り返し繰り返し伝えてくれた。

 


鐘楼からみたサンマルコ広場あたり


ジュゼッペ神父/教会の中庭で

☆ヴェネツィアから届けられる手紙にもいつも最後に書いてある Arigato. Tomodachi 
今回出会ったヴェネツィアで暮らす素敵な人たちすべてにこの言葉を届けよう!

声を大にして、 ありがと!ともだち!    

 



 

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