Anlie Catホームへいろんなくに PRAHA 2006初夏
像

 


近くて遠いプラハ城

 

☆ 12世紀初めに造られたユディド橋が約250年後に洪水で流されたあと、1357年カレル1世の命により着工されたカレル橋は1402年に完成した。幅 約10m、長さ 約520mのこの美しい石橋はプラハ最古のもので、600年の時を経てもなお多くの人々を当時のままに受け入れている。

両側の欄干には30体の聖人像が並んでいる・・という情報は得ていたが、突然東洋人の顔をした像を目にし、彼らが担いでいるのがあの フランシスコ・ザビエルの像 だと知った時は驚いた。
こちらに来る前(2006年5月)に新聞紙上で 聖・ザビエル の子孫の方が日本での祖先の軌跡をたどって旅をしている ・・とかいうような記事を目にしていたからだ。

 

カレル橋
賑やかなカレル橋上


ザビエル像

☆ 橋の上の日本人?クローン人? ☆


☆ 似顔絵描きや手作りのアクセサリー売り、 ジャズを奏でる人たちやそれに聞き入る各国の旅行客・・。橋の上は賑わっている。
橋の向こう岸からだんだんと近づいてくる(ような気がする)プラハ城とマラー・ストラナ(小地区)。風が心地よい。ごきげんなネコは足取りも軽くスキップ気分なのさ♪
 
橋も終わりに近づいた頃、日本では良く見慣れた格好?の6人ほどの熟年グループ が周りの目をひいていた。
ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜?あ〜、なるほど。

つばの大きな帽子  は良しとしよう。ノースリーヴ又はショートスリーヴのブラウスに  ひじ上までの真っ白い手袋   も良しとしよう。この陽射しだ。顔の半分ほども隠すような大きなサングラス も仕方あるまい。そうだな。大きくあいたノドもとを護るための 長い長いスカーフ (なぜ誰もが白無地なんだろう?)も確かに必要なのかもしれない。口元までおおうことはないにしても。

でもサ、そやけどな、6人が6人ともほぼ同じような格好をして橋の真ん中で立ち止まり、ガイドさん?の説明に聞き入っている姿はそりゃぁ、ちょいと奇妙、なんかこわくもあるんだにゃ〜。そりゃぁ異国の 人の目もひくでせう。う〜む。
聞き慣れた日本語を背に足早に立ち去るAnliecatであった(汗)

マラー・ストラナ側の橋のたもとにも塔がたっている。この塔の下をくぐり抜けるといよいよプラハ城だ!。・・てなことはなくまずはマラー・ストラナ広場へ向かうことになる。この広場からプラハ城が見あげられるのだが、そこにある のに どこまでいくの? というくらい 、ひたすら道を歩いて行く。

☆ ぶおんじょるの!しにょ〜れ!こんにちは奥さまたち ☆






イタリア大使館


Nerdova(ネルドヴァ)通 り は 看板通り として観光客には知られている(ホンマ?)。 19世紀半ばまで住居表示がなかったので、建物の玄関にそれぞれのシンボルを看板にして表札代わりにしたのだそうな。 鍵やユニコーン、ぶどう、ワシなどシンボルは様々で見つけるのがけっこう楽しい。

☆ ところでプラハ城はまだなの? ・・と思っていると なんだか ダリ を連想させる建物が現れた。ん?あの国旗は!!
りぃた〜りあの国旗 ではないのぉ。そういえばマラー・ストラナには各国の大使館があるんだっけ。


カメラを向けシャッターを押す。と、風に乗って、 聞き慣れた音らしきものが一瞬聞こえた。何? と思うが気のせいかと足をすすめる。まだかまだかとぶ〜たれるAnliecatの前に現れたのは、なんと 階段  え〜ん、えん。しんどいよぉ〜、あついよぉ〜。心の中でわめきながらも、けっこう急な階段を登り始める。


Fa Caldo ! 暑いわね! 
今度ははっきりと聞こえた。振り返ると ちょっと体格のいい(あは!)イタリア人のご婦人がふたり後をついて階段を登るところだった。

こんにちは!暑いですねぇ 
今回の旅でイタリア語を話せるとは思わなかったので嬉しくてつい話しかけてしまう。

こんにちは。暑いだけでなく階段まであるなんてねぇ
と、一段登るごとに汗を拭き拭き答えるシニョ〜ラ。

そうですよねぇ。それもこんなに急な階段なんて

足をとめて二人を待ちながら答えるAnliecat 。


イタリア大使館の写真撮ったんですよ

あら、そうなの。あったことさえ気がつかなかったわ、暑くて

この階段を登ったらプラハ城の入り口に着くらしいですよ

私たちはあとどのくらいかかるかわからないから、どうぞ先に行ってね。チャオ!

チャオ!
あ〜、このあとイタリア行きたいなぁ〜。

プラハからパリだぜ、今回
。どうなってんだ?Anliecatさまよ!

 

☆ やっとプラハ城へ ☆

 

プラハ城
プラハ城入場門

 

 


聖ヴィート教会

 

☆ 戦う巨人の彫刻に飾られた入場門前の広場は フラッチャニ広場と呼ばれている。映画 アマデウス の撮影にも使われた場所とのことだが記憶にない。もう一度観てみようかな。
プラハ城正門であるマティアス門をくぐり第2の中庭を抜けるとすぐ目の前に 聖ヴイート大聖堂 がそびえ立っている。本当にこの言葉のまんま『ぐわ〜っと』ド迫力で迫ってくるのだ。見あげるとネオ・ゴシック様式の尖塔が、天を刺すように鋭くそびえている。

よ〜うこそ !
えっ、なんか聞こえた?小心者のアホねこはすでに圧倒されているのだった。

 ← (教会のまわりの柵?には星座を表す飾りがつけられていて興味深い)



教会内部では19世紀末〜20世紀初頭にかけて作られたステンドグラスが陽光に輝いている。これまでに見たどんなステンドグラスよりデザインが細かく、色遣いが美しいように思われた。プラハ出身の ミュシャ(ムハ)の作品もあったっけ。
約600年の年月をかけて完成したというこの聖ヴイート教会の始まりは ロトンダ(ロマネスク様式の典型である、円筒型のシンプルな教会)だったという。
この 聖ヴイート教会 他3つの教会 修道院 王宮 それに城内で仕えていた人達や錬金術師たちが住んでいたという 黄金の小道 。プラハ城はこれらからなりたっている。

 

 



聖歌隊

教会内部 ステンドグラス

☆ 黄金の小道から 恐怖のトイレへ ☆

 

☆ 黄金の小道には かわいい小さな家々が軒を連ねている。それらはカフェであったり、カード屋であったり、ミュシャやカフカの作品にちなんだおみやげを売っていたりで、各国の観光客であふれていた。2、3軒のぞく。プラハアートのカードを数枚買っておしまい。
それよりも甲冑が飾られてある小さな入り口が気になる。2階への階段があるようだ。どうも立ち並ぶ家々の2階はすべてつながっているように見えるのだ。何があるのだろう? ヒントは甲冑?

 


武器博物館入り口(左奥にはカフェもある)


 

おそるおそる階段を登るとそこは中世の武器や甲冑、衣装などが展示されている空間(部屋)だった。もともとここは 城の要塞 だったらしく、銃を構えるための小窓がいくつも並んでいる。甲冑、特にカブト(甲)の種類の多いことにびっくり。 どれもきれいなシルバー色だ。

中世のものというより未来からきたもの(SFっぽい)のように見えた。鉄人28号(古いにゃぁ)そっくりのものもあったよ。
なんか映画撮影用の小道具部屋のようでした。(どんなんか知らんけど)

 

☆ 黄金の小道を抜け階段を下りると左手に塔があった。牢獄として使われていた中世の頃に投獄されていたヴァイオリン名手の  ダリポル 。彼に ちなんで  ダリポルカ  と呼ばれているらしい。

右手にまわりこむと『おもちゃ博物館』のある小広場にでた。なんと  パニーニ  の看板だ。ちょっとさびれかけた観光地によくあるような、お土産屋 兼 飲食店のよそおいの店で、正直味には期待せずビールとトラメッツィーニ(イタリア風サンドイッチ)を注文する。

相変わらずビールがうま〜い。パック入りのサンドイッチの味もなかなか良しで、ごきげんさんだよ〜♪ まるで リゾート用の外のテーブルとイスだけど。ぐびぐびぐびぃ〜〜〜!今回なんかビールばっかりのんでるなぁ〜。


ぐびぐびのおいしいビールのあとに待っているものは?そう、恐怖のトイレ。実はこのAnliecat 、自慢じゃないけどトイレにまつわるエピソードにはことかかないのだよ。

☆ 8年ほど前の初めてのイタリア。フィレンツェ中央駅のトイレに閉じこめられ 中から『ヘ〜ルプ!』と叫んで以来、数限りない出来事が・・。いや、思えばはるか昔のインド、ニューデリー空港 夜のトイレ内で トイレットペーパーをもった、蛇口ひねり女性  に追いかけられて以来のトラウマか。はたまたうら若きハタチの乙女(誰が?)の頃、サンフランシスコの一画。ドアのない公衆トイレ で一列にならんで用をたす大柄のアメリカ婦人たちを目の当たりにした時から・・!?。

とくに初めての国はこわいよぉ〜。なかに入る前にドアの鍵の開け方 を 一度練習しないと入れない情けなさ。 それに使用後も場合によっては恐い思いをするはめになるのだよ。イタリア国内でだって、どうやって水を流すのか全く見当のつかないトイレにいまだに出会うし。オランダの便器は座高が高すぎて(チビで足が短いネコだから、の理由だけでは決してない)足が宙に浮く分 ふんばりがきかないので困るのだ(汗)。

あ、書いていていま思い出したことがある。 ピアノを止めた理由もトイレにあった。その頃習いに行っていたピアノの先生宅はまだ  ぽっとん便所  で、ある日、当時 子猫だったAnliecatの足からするっとスリッパが落ちたのだ。その事を誰にも言えず ちいさな胸を痛めたまま 天才ピアニスト への道を自ら閉ざしたAnliecatであった。えつ? 天災? く・く・く(涙)。(いつかトイレ話のページをつくろうかな)


 


黄金の小道へはいると・・

 


ビールを飲みながらの風景(左手に無料トイレ)

おもちゃ博物館入り口のポスタ

 

☆ さあてプラハの公衆トイレはどうなっているのだろう?。店の左手にあるのがそうらしい。中は狭く3つの個室があるだけで、ドアと洗面 台の間の狭い空間では13〜16歳くらいのフランス系の少女たち数人が騒ぎまくっていた。とかした髪の毛で床や洗面 台を汚しているもの、ガムを吐き出すもの、奇声を発するもの。その横で呆然とたたずむひとりのチェコ少女(高校生くらい?)がいた。

それにしても背が高いニャ〜。オランダ人同様チェコの女性達もかなり背が高い。掃除道具を持っているのでバイトの掃除係りかもしれない。無料のトイレらしいので別 にチップを待っているわけではなく、掃除するタイミングを待っているのだ。少女たちは中の友達を待っているところらしい。

空いていたひとつに入る。鍵のチェック、よし。流すボタンとかは?ま、あとでいいかだがこのチェックもれは痛かったのだ)。 用を足し終えて  スッキリごきげんネコ  に悲劇がおそうのはこの後すぐ。

あれ〜どこで流すんやろ? どこを探してもそれらしきものが見あたらない。壁にも床にも目に付くところに は何もない。
見あげると、はるか頭上に タンクが見える。が、タンクから下がっているものは何もない。タンクの底も側面 も つるりとしてきれいなもんだ。

ひょっとして。まさか・・考えられるのはもはや  タンクの上部  しかない。迷わず便器のふちに乗るAnliecat 。が、かろうじてタンクの横に手が届くのみ。 うっそ〜 思わずもれる化石のことば。 どうしょう?どうしょう?  頭の中でうずまくのはそればかり。1分が1時間にも思えてくる。
ドアの向こうにいるのはあのガキたち。このまま流さずに出たらなんて毒づかれるやろ。嫌いなフランス語でからかわれるのも嫌だ。でも物理的にどうしようもないのは事実。

よし。ドアを開けたらチェコ少女しか見ないぞ   覚悟を決めたあんたはエライ!(自画自賛)。ドアを開ける。
ごめんなさい。どうやって流すのかわからないの。助けてくれる?  まっすぐチェコ少女に伝える。たぶん、かなりナサケナイ顔で。
チェコ少女は何も答えず中にはいると、サッと手を伸ばしタンクの上部を押さえた。軽やかなつま先立ちで。
あ〜なんて心地よい水の音。何事もなかったかのように ニッコリとほほえむチェコ少女の姿はまるでマリアさまのようでしたっ。それにしてもあのタンクの位 置は高すぎだよなぁ〜。




 


ライトアップされた旧市庁舎

 ひぃえ〜、忘れていたよ〜 


☆ プラハ城からの帰り道、ビアホール U Dvou Kocek (ウ・ドヴォヴォ・コチュク) の前をとおる。店内のあちこちに ネコの絵 が描かれている。これは入らなくっちゃ! 相も変わらず   ピルスナー・ウルケル  をまず1 杯。『ハヤシライス風?牛肉のグラーシュ』はおいしいにゃぁ〜。野菜やクネドリーキ(ポテトをつぶして焼いたもの)がついて約550円は安い。
ビールの合間にカウンターのネコの置物を見に行く。シンボルマークのネコの小皿やジョッキ、Tシャツも置いてある。売り物かしらん?

 テレビ画面


お腹も満腹になったし、ジェラートでも食べながらか〜えろっと。
ホテルへの帰り道、エステート劇場近くの店(ビアホール)から歓声があがる。ビール片手にテレビにかじりついている親父たち。見るとサッカーの試合だ。 ふ〜ん、準決勝の録画でも見てるのかな。それにしてもにぎやかなこと  と、突然 画面に大写しになったジダンの横顔。

えっ、イタリアとフランス? げ〜っ、ここはプラハやんか。今日が決勝やんか! いっ気に酔いの醒めた時差ボケねこは、大急ぎでビールを買い込みホテルにすっとんで帰りましたとさ。もちろんホテルで延々と見続けておりましたよ。(夏/2006)

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