Anlie Catホームへいろんなくに PRAHA 2006初夏

建物

市民会館(右)と 火薬塔(左)

何故かプラハに来てしまった (7/8〜 '06)

ゴールデン・ウイーク頃までは、恒例の『 イタリア詣で 』の計画を練っていたのに。
今年のヴァカンツァは『
レンタカーでまわるシチリアの旅 』の予定だったのに。なぜ? 実はこのきまぐれネコにもよくわからないのだ。
ある日突然、啓示のごとく(あは!)、頭の中で『
プ・ラ・ハ 』という言葉が響いた・・とだけいっておきませう。

KLM航空利用でアムス・スキポール空港乗り換え(待ち3時間!)なので、プラハ着は現地時間21時ころの予定。今回は計画変更のため例年より飛行機の手配がおくれ 、結果的に高めのチケットしか入手できなかったのが残念。


飛行機
プラハ・ルズィニェ空港(昼の風景)



チェコへの日本からの直行便はないので
ヨーロッパの主要都市を経由して約14時間ほどかけ
プラハ・ルズィニェ空港へ

空港からプラハ市内へは空港と市内を結ぶバス CEDAZ で約30分

遠くて近い(思ったより!)チェコ
1000年以上の歴史を秘めた国
初めてのチェコ、プラハへ いざ〜


ネコ

初めての 中欧

 

今はパーソナルヴィデオのある機体が多いので、機内でも快適に過ごせるのが嬉しい。ちょっとビックリしたのが、アムス着直前のランチ。中身ではなく「ふた」のこと。ふたの裏側に『 SUDOKU 』 のゲームが印刷されてあったのだ。今年の春のミラノの本屋で山積みにされていた『SUDOKU 』 を思い出す。ナイフ・フォークと一緒に青いろのチビ鉛筆までついているのには、う〜む。

アムス発プラハ行きの便が予定より30分以上遅れたせいで、ルズィニェ空港へは21時30分ころの着となってしまった。こじんまりとした到着ロビーは閑散としている。市内行きのバスの切符を買おうと自販機に向かうが小銭以外は不可で、あせる。「赤いボックスのところで買えるよ」と教えてくれる親切なひとがいた。バスと地下鉄の共通 券で乗り換え可(20クロム=約110円)を買う。 急いで外に出るが、一緒に到着したはずの他の乗客の姿は全く見えない。あせる。とにかくあらかじめ調べていたバス乗り場へ向かうことにした。ターミナルビルの前から119番の市バスがでているはずだ。


バス

119番のバスと乗り換え可のキップ



エスカレータ
プラハ名物 地下エスカレータ

ほどなくしてバスがやってきた。けっこう満員。どこか別 の乗り場があったのかなぁ。薄暗い景色の中をバスは進んでいく。地下鉄A線の終点 Dejvicka(ディヴィツカー)駅までこれでいけるはずだ。そこから地下鉄に乗り換えて、地下鉄もA→B 乗り換えてっと。ま、他の乗客も似たようなものだろうし・・と、あせって乗り込んだ割にはリラックスムード。約20分後には地下鉄入り口に着いていた。

隣にHotel Diplomat の看板が見えた。いろいろな口コミ情報から最初はこのホテルにしようかと思ったのだけど。プラハ滞在中のチェスキー・クルムロフ行きを考え〜の、遅くなっても中心地から歩いて帰りたい〜の、空港バスの発着所が近いところで探し〜の。の結果 、プラハ本駅にも近く地下鉄にも近く、何と言ってもこれが魅力だったのだが、オフシーズンの値段だったので 5つ星ながら格安で泊まれたのだよ
地下鉄のエスカレータは情報通り 速い。確かに 長い。でもでも京都駅のエスカレータに乗り慣れてる(好きでもないが)身としては「ふ〜ん、こんなもんかい」なのだ。

ただここで『上下から挟まれて金品を奪われるケース多し』というのはわかる気がするなぁ。逃げられないもんね。途中でB 線に乗り換え,地下鉄 Republiky駅にて下車。


駅
地下鉄 Republiky
エスカレータ
さらに このエスカレータを上がると地上へ
ホテル
ホテルのロビー(階段うらの広いスペースで朝食)

ホテル・ルネッサンス


地上に上がると目の前の大通りの向こうに、Hotel RENAISSANCE(ルネッサンス)が見えた。さすがアメリカン様式。大きくて機能的できれいで、設備も整っていそう〜。いつもは こぢんまりとしたヨーロッパ式のホテル利用のため(部屋自体が雰囲気あるし、設備とか少し不便でもスタッフとの会話ははずむし、好みはこちら)こんなに大きいと、ちょっとキンチョーするニャ。

部屋に入ってまずびっくりしたのはベッド。ひとりにマクラ 4コだぜ!自宅でもマクラ なんか使ってないってのにどうするぅ〜?
(日頃いかに エコノミーなホテルにとまっているかが こんな時にバレバレですにゃn)
結局4 個のマクラは頭の上に城塞のように築かれたまま、ひろ〜いベッドの上でまるまって眠る いつもの庶民派ネコでありましたっ。

室内
アメニティグッズはシンプル
室内
シャワーカーテンの模様がかわいかった

コック
卵料理担当の LuKas くん

★左の男性に 好きな具材を告げると
アッという間においしいオムレツをサーヴしてくれるのだよ♪
この写 真の時はポーズを決めすぎて、
ちょっと卵がかたまってしまったけど。う〜んおいし〜い!

パンも10種以上でフレンチトーストもあったっけ
プラハハムもチーズもくだものも
サラダも温かいメニューもなあんでもあって
これまでの旅のなかで一番の豪華な朝食かな
さすが、5つ星

ただ贅沢をいえば、コーヒーがねぇ〜
イタリアンカッフェにはほど遠いのは仕方ないか

Anliecatのお気に入りは
シリアルに10種類くらいのドライフルーツをいれて
ヨーグルトをかけたもの
でもこれじゃぁいつもの 朝食とかわんないな(笑)

プラハの街へ ちょいとごあいさつを

 

ホテルの前の道を右に進むとすぐに共和国広場にでる。この一画に市民会館がありその向こうには火薬塔が黒くそびえたつ。ここはかつて王の宮廷の門であった そうな。プラハには『 王の道 』と呼ばれる歴史的な道があるのだが、これは旧市街にあるこの火薬塔を起点として、カレル橋を渡り対岸のプラハ城までの約2.5Kmの道のりのことをいう。『 王の道 』とは、歴代の王が戴冠パレードを行ってきた道なのだ。

地図


広場
共和国広場 は 工事中

火薬塔の下にのびる道を入って少し歩くと『 黒い聖母の家 』がある。建物横に飾られている黒い聖母像が名前の由来らしい。建物の内部は『 チェコ・キュビズム博物館 』になっていて、20世紀初期にチェコで独自の発展をとげたキュビズム絵画・彫刻・家具などが常設展示されているとのこと。
今回の旅の楽しみのひとつがここを訪ねることだった。が、しかし、よくある話で「9月いっぱいまで内装工事中で閉館だよ」らしい。残念。
黒い聖母の家の右手の道(ツェレトゥナー通 り)を真っ直ぐ行くと旧市街広場。ここには『 ヤン・フスの像 』や『 天文時計』があるところで、旧市街の中心かな。
9:00〜21:00の毎正時にはこの時計の仕掛けが動き出すという。その仕掛けとは、ふたつの円盤の上にある天使像の脇の窓が開き、死に神が鳴らす鐘の音とともにキリストの12使徒が窓の中に現れ消えてゆく・・最後にニワトリが鳴いておしまい。『 死に神 』『 12使徒 』『 ニワトリ 』のキーワードに惹かれ、最後の夜の最後の正時にこのイヴェント(笑)に参加したAnliecatだったのだが・・・。感想は?って?

標識 塔
火薬塔
美術館
キュビズム 博物館 の入り口
マリア
黒い聖母像
広場
ヤン・フスの像
広場
旧市街広場

ローカルな話で悪いんだけど、京阪京橋駅の仕掛け時計の方が(おもちゃっぽいけどね)まだ「らしい」か(あは!)。ちなみに2008年現在、久しぶりに駅の前を通ったら見あたらなかったよ〜。あの「宇宙飛行士キュピー人形」(どんなんやねん?)のような可愛らしい人形とロケットはどうなったのん?

それはさておき、天文時計そのものは本当に美しいので、誰もが過剰に期待して待つんだよねぇ。 一緒に並んでその時を待っていた隣りのグループのシニョーラ(あのうるささと声の大きさは、ナポリあたりか)は、 5分以上も前からデジカメをかまえていたっけ。がいこつの動きはわずかで、鐘の音は聞きとれず、窓から人形が飛び出して来るでもなく、クラクションのような音がニワトリの声だとは誰も思わず。息をとめて見つめていた観光客からは失笑がもれた。15世紀ころの制作だといわれているこの天文時計も当時は『 神秘的な動きをする 』ことで人々の目を楽しませていたのだろうな。
なんにでも大仰になってきていて、からくり時計ひとつとっても、たいそうな仕掛けでないと満足しなくなっているとしたら、やばい傾向だぞ。なんてね、へへ。それでもホンマ 期待がムチ打ちましたっ。ふ〜っ。

塔
旧市街橋塔をくぐるとカレル橋
時計
天文時計


旧市庁舎のなりたち、なんぞを・・


1338年、市庁舎を持つことを許された旧市街。一軒の商家を買ったのが市庁舎の始まりだった。次に天文時計つき塔を手にいれ、さらにつぎつぎと六軒の家を買いつづけたのだ。最後に『 一分の家 』という奇妙な名の建物を手に入れたところで拡張終了となったとか。結果 、その外観はそれぞれが違う時代の建築様式で、おまけに 赤・白・ベージュ ・・と異なった色のつぎはぎ模様となったのだ。そういえば旧市街広場の まわりにある建物は、ゴシック、ルネッサンズ、バロック、ロココ調・・と大にぎわいなのだが不思議と調和して並んでいるなぁ。

ちなみに『 一分の家 』のような名前のついた建物は、あちこちに あるらしいので調べてみた。旧市街広場の一画には『 黒い狐の家 』という名前のホテルがある。カレル橋を渡り終える途中にある階段(左側)を降りたところにあるカンパ広場には『 赤い狐の家 』があって、昔宮廷使えの金細工師が住んでいたとか。近くには、ホテル『 赤いガラスのコップの家 』があるし、橋のアーチの下をくぐって反対側にでたところには『三匹のダチョウの家 』という名のホテル& 鴨料理レストランがあるらしい。   ( 参考本 「私はチェコびいき」大鷹節子著 

川と橋

さぁ、いよいよ カレル橋 だよ! いざゆかん!

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